「ポルノグラフィティのオールナイトニッポンスーパー」を聴いていたので記憶にある事すべて書く

記事タイトルの通り

ポルノグラフィティオールナイトニッポンスーパー」を聴いていたので記憶にある事すべて書き出します。

 

 

はじめに

 

もう20年ぐらい前のラジオ番組なので

今の熱心なポルノファンの中にも(復活放送を除き)聴いたことがない人は多いと思います。

 

私は偶然にも聴いていました。

遠い昔のことなので記憶が曖昧になっていますが

覚えている限りの事を書きます。

(事実だけでなく感想も書きます)

録音はないし本当に記憶が曖昧なので間違っていたらすみません。

 

f:id:junefirst1999:20191215214840j:plain

写真と本文は関係ありません

 

ポルノグラフィティオールナイトニッポンスーパー」とは

 

詳しくはウィキペディア参照。

 

ポルノグラフィティのallnightnippon SUPER! - Wikipedia

allnightnippon SUPER! - Wikipedia

 

当時のニッポン放送は夜10時~12時の枠で「オールナイトニッポンスーパー(以下ANNS)」という10代向けの番組をやっていました。

(ポルノの時は20代前半ぐらいのリスナーの投稿も読まれていたと思いますが

ANNS自体は中高生向けという感じでした)

 

パーソナリティ(番組でしゃべる芸能人)は曜日ごとに異なりますが、ポルノグラフィティは水曜日でした(今ウィキペディア読んで思い出した)。

放送期間は2001年1月から2003年3月(これも今ウィキペディアで知った)

私が聴いていた時期は(はっきりとは覚えていませんが)2001年1月か2月から2002年3月ぐらいまでだったと思います。

てっきり2000年秋か冬に放送開始だと思い込んでいましたが、違ったんですね。

私が「サウダージ」で初めてポルノグラフィティを知ったのですが、他局(ラジオ)の番組で知ったんだとこれで判明しました。

 

私がこの番組を聴いたきっかけ

あまり覚えていませんが、興味本位でラジオのチャンネル(周波数)を合わせるつまみ(って言うの?)を動かしていたらニッポン放送を受信しました。

もしかしたら他のパーソナリティの回だったかもしれないけど、ANNSを受信しました。

 

気がついたら自室で何かするときに流すようになっていました。

 

・・・「ラジオのつまみ」って若い皆さんは分かりませんよね!?

今のラジオはテレビ同様リモコン操作で簡単にチャンネル変えられるし!

っていうかそもそもラジオ受信機を持ってない!?

 

世代を問わず分からない方に説明します。

当時私が持っていたラジオは、リモコン操作ができなかったんです。

(ネットで詳しい説明を探してみたけど見つかりませんでした・・・)

 

とにかく!

偶然受信したことがきっかけでポルノグラフィティオールナイトニッポンスーパーを聴くようになったんです。

 

この番組で初めてポルノグラフィティというバンドを知った・・・というのは思い込みでしたが(先述の通り他局で既に『サウダージ』を知っていたため)

この番組のおかげでメンバーの名前と声を知ることができました。 

 

メンバーの印象や役割

 

ルックスについて思ったこと

 

ラジオなので顔を全然知りませんでした。

初めて顔を見たのはCDのジャケットかテレビです。

そのときのことはあまり覚えていないけど「みんなイケメン」とは思ったでしょう。

 

メンバーの呼ばれ方について

 

番組にはネタ投稿コーナーがいくつかあったのですが、リスナー達は全員を「さん」付けで呼んでいました。

(呼び捨てやニックネームで呼ぶリスナーはいなかったと思いますが、これも記憶違いかもしれません)

Tamaさんに関しては当時から「タマちゃん」と呼んでいたリスナーもいたかもしれませんが、全然思い出せません。

私が3人を「さん」付けで呼んでいるのはこの番組の影響です。

番組内で本人達から「『さん』付けで呼んで」といった呼びかけはなかったと思います(私の記憶にないだけか、聴いてなかった回に言ってたのかもしれませんが)。

もしかしたら番組スタッフが投稿を添削して、呼び捨てしている投稿でも「〇〇さん」に変えていたのかもしれません・・・。

 

 

ラジオでのメンバーの役割について

昭仁さん&晴一さん

ラジオでは

・昭仁さんは司会者みたいな役割

・晴一さんはアシスタントみたいな役割

って感じでした。

 

昭仁さんが司会進行をしていて、晴一さんが話し相手になる感じでした。

メインで話すのは昭仁さん、晴一さんは昭仁が言い足りなかった事を補うアシスタントみたいでした。

(この辺の記憶も曖昧です)

 

Tamaさん

当時はTamaさんもいましたが、他のふたりに比べてしゃべっていなかったと思います。

決してサボっている感じでもハブられてる感じでもなく、番組進行に必要な事は他のふたりがしゃべってくれるから発言が少なくなっちゃっただけかと…。

 

他のふたりが「タマはどう思う?」みたいに話を振ってくれていたと思います。

 

しかし記憶が曖昧・・・。本当はもっとしゃべっていたかもしれない。

 

TamaさんってライブのMCではよくしゃべっていたらしいし(ネットの口コミより)、MCでしゃべるなら2時間の生放送でもたくさんしゃべりそう・・・。

歌番組と違い自分達が番組のホストなんだし、もっとしゃべってそう。

これに関しては私の記憶が間違ってるかもしれません。

 

あとTamaさんは当時「シラタマ」を名乗っていましたが自己紹介では毎回「ベースのタマです」って言っていました。

だから芸名を知ったのはもう少し後でした。

「タマ」って呼ばれてるのを聴きながら「猫みたいな名前だなぁ」って思っていました。失礼しました。

 

芸名は多分CDジャケットで知りました。

本名が白玉雅己であることを知らなかったので「なんでこの人はシラタマって名前にしたんだろう?」って疑問でしたw

・・・すみません余計な話でした。

 

私にとって目立っていたメンバー

私の中で目立っていたのは司会者役を果たしてたくさんしゃべっていた昭仁さんと、あまりしゃべってなかったTamaさんでした。

 

晴一さんは有能なアシスタントだったゆえ目立っていませんでした(←私がひどい)

思い返せば毎週のようにラジオ聴いていたのに晴一さんがどんな人物か分かってなかったな…。

Pg'zを今年初めて読んで当時考えていた事や、音楽への愛と情熱を持って活動していた事を知りました。

ホームページは一人でやるから周囲との調和とか考えずに思い切り自分を出せたのかもしれません。

 

広島弁について

これも記憶が曖昧なのですが、この番組では広島弁をほとんどしゃべってなかったと思います。3人とも。

 

というのも自分が方言のない地域で育ったから。

彼らが広島弁全開でしゃべっていたら確実に印象に残っていたはずなんです。

実際、今年初めて聴いた『カフェイン11』では晴一さんが一人で話していましたが方言全開で驚きました。

しょっちゅう「~じゃけぇ」や「~けぇ」って言ってましたがオールナイトニッポンスーパーでは誰もこういう言葉遣いはしていなかったはず・・・。

 

広島弁の記憶がないってことは、しゃべっていなかったという事ではないかと。

ラジオ聴いてて「この言葉の意味が分からない」っていうのは(記憶の限りは)ありませんでした。

 

しかし晴一さんが当時やっていた自作ホームページを読み返すと(このブログでたくさん紹介しています)、語尾が「~じゃけぇ」とか「~じゃろう」とかになっているんですよ。

 

ANNSもホームページも全国の人達を対象にしているという点は一緒でした。

ホームページでは方言アリでラジオではナシなのは変だし説明がつかないような・・・。

 

デビュー当時から「ポルノグラフィティといえば広島弁」みたいな感じだったらしいし(ネットの口コミより)、私が記憶してないだけでANNSでも広島弁しゃべってたかもしれません。

 

番組の主な内容

リスナーから投稿(ハガキとメール)を募集していました。

いわゆるネタコーナーが多かったです。

例えば「死にそうだった怖い体験」を募集する「Go Go Heaven」ってコーナーがありました。

 

今から思えば彼らの話のネタに限りがあるから、リスナーから投稿募集して読み上げていたのかも(1999年7月13日の日記参照)。

 

オールナイトニッポンだからか(あるいはAMの夜の番組だからか)下ネタも結構言っていましたねw

ラジオ聴いてないファンからすれば当時のポルノグラフィティって「ルックスも音楽もかっこいい3人組」だったかもしれないけど

当時の私からすれば「曲はかっこいいのに下ネタ言ってる大人達」ってイメージでしたw

 

当時、事務所の先輩である福山雅治さんもニッポン放送で深夜番組をやっていました。

ポルノは福山さんをお手本にして番組をやっていたのかもしれませんw

 

ちなみに当時の私はポルノがFMでも番組やっているのを知りませんでした。

知っていたらFMに乗り換えたかも。

FMは下ネタ禁止のところが多いので(例外もあると思いますが)。

 

レギュラーコーナーには広島東洋カープを応援するコーナーがあった

ご存じの通り3人とも広島出身のカープファンなので

全国放送だというのにこのようなコーナーをしていました。

 

当時も今も野球に関心がないんですが、人生で初めてカープの応援歌(カープカープカープ広島、広島カープ♪)を聴いたのがこのラジオです。

 

それまで広島は47都道府県のひとつ、カープは球団のひとつって感じでしたが

彼らが毎回カープの基礎知識をしゃべってくれるので、カープを少しですが知るようになりました。

 

確か「カープ設立の歴史」と「carpは単数形も複数形も同じ形」というのはこの番組で教わりました。

後年、広島の人と話したときに役立ちました。

 

このコーナーではリスナーと電話をつなぐ企画がありましたが

「もしもし」ではなく「カプカプ」という独自の挨拶をしていましたw

 

特別企画1「質問に答える特集」

 確か一度、2時間丸々リスナーからの質問に答えてた回がありました。

当時はウィキペディアがないから、今では簡単に答えが分かるような質問も読まれていました。

「バンド名の由来」とか。

 

他に覚えている質問は「路上ライブをするにはどうすればいいですか」でした。

音楽関係の質問にたくさん答えてくれた回でしたが、他の質問が思い出せない。

ああちょっと悔しい。

 

「質問」ではないけど新曲も(シングル、カップリング、アルバム問わず)たくさんかけてくれました。

って言うかそのためのラジオ番組ですねw

 

私が聴き始めた頃は「サボテン」のリリース直前か直後だったと思います。

「サボテン」は当時中学生の私にも理解できる歌詞でしたが、大人になった今聴くと主人公の反省や後悔が心にしみてきますね。

「foo?」のアルバム曲もオールナイトニッポンスーパーで聴いたかもしれません。

 

特別企画2「リスナー家庭訪問(定期テストの勉強を教えるという建前)」

2001年6月12日の日記で触れたのはこの企画だと思います。

ちょうど定期テストシーズンだったため

各曜日のパーソナリティが中高生リスナーの家にお邪魔して勉強を教えに行こう!

という特別企画をやってました。

 

もちろん「勉強を教えに行く」というのは建前です。

恐らくその週がスペシャルウイークだったから聴取率稼ぐためにこういう企画をやったんだと思います。

 

スペシャルウイークの解説はウィキペディアの「聴取率」のページをご覧ください。

 

ラジオには「聴取率調査週間」ってのがあるんです。

聴取率というのはテレビでいう視聴率です。

各ラジオ局は聴取率調査週間」をスペシャルウイークと呼んで

いつもは呼ばないような有名人をゲストに呼んだり、豪華な商品があたる抽選企画をやったりするんです。

(2018年12月以降、TBSラジオは『スペシャルウイーク』の特別な編成をやめました。*1よって全ラジオ局がやっているとは限りません) 

 

このときのANNSは「パーソナリティがリスナーの家に訪問する」というプレゼントをして聴取率を稼ごうとしたんですよきっと。

 (さっきから聴取率聴取率って言いまくってますが番組が創意工夫をして聴取率を稼ごうとするのは悪いことではありません

 

聴取率調査週間がちょうど中高生の定期テストシーズンと重なっていたからこんな企画にしたのでしょう。

 

生放送なので当然リスナーの家も夜中に訪問します。

夜10時から12時の間です(実際には9時台には既にパーソナリティとスタッフが訪問していたはずです)。

今から考えたら恐ろしいですよ。

平日の夜中に何人もの訪問客が来てラジオの生放送するんですよ。

よく親が許してくれたよねw

ありがたい親ですよ。

(先に書いておきますが、ポルノはリスナー宅では声量に注意してしゃべっていました)

 

ここまで読んで下さった皆さんはお気づきかもしれませんが

全然勉強なんてしませんでしたw

ポルノグラフィティに限らず、他パーソナリティもそうでした。

木曜日以降は馬鹿らしくなって聴いていなかったかもしれない。

こっちは塾もあるし「頑張らなきゃ」と思いながらそれなりに勉強しているというのに

「テスト勉強を手伝う」という名目で平日夜の遅い時間に民家を訪問している大人達が全然勉強を手伝っていない、当のリスナーも全然勉強しないんだもんw

 

・・・なんて書くと約20年前の番組にクレーム言ってるように見えますけど

今となってはどうでもいい事なのでクレームのつもりはありませんw

むしろ訪問を受けられたリスナーが楽しんでくれて、親も「有名人に会えた」などと喜んでくれて、ご近所に迷惑かけていなければ全然良くない?

最高のプレゼント企画じゃん!? 一生思い出に残るよ!?

・・・という風に思っています。

 

ちなみに私の記憶によるとポルノが訪問したのは男子中学生でした。

おそらく「パーソナリティと同性のリスナーしか訪問させない」ってスタッフが決めていたんじゃないでしょうか?

中学生の成績表を見せてもらっていたのは覚えています。

(具体的にどんな成績だったかは忘れたのでご安心ください)

さきほど「全然勉強しなかった」と書いたし結果的にそうなっていたのですが

「勉強しようとはしたけど、段々雑談が始まってしまい結局勉強しなかった」というのが正確なところだったとは思います。

「数学(だったかな?)なら俺いけそう」とか誰かが言っていたように思えるけど、残念ながらそんな事もなかったです。

高校を出た大人でも(卒業から)10年ぐらい経つと勉強って忘れるものなんだな・・・と思いましたw

実際、自分もそうなっていますねw

 

今から思えばあの企画は「勉強は他の日に頑張れ。1日ぐらい息抜きしよう。普段は話せない大人と話してみて刺激を受けることも大事だよ」という趣旨でやっていたのかもしれません。

 

その男子中学生、現在は30代ですが当時の事覚えているのかな?

 

おわりに

私が覚えているのはこんなところです。

思いのほか少なかったかな・・・。

当時を知らないファンの方々が楽しんでいただければ幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。